「花環を贈る者への言葉」実際園芸(20-3)昭和11年3月号

2015/07/28

フラワーニュースクリップ

rekihaku

 

●「実際園芸」(誠文堂新光社)の主幹である石井勇義さんは、
1936年(昭和11年)に
「生花の花環がますます影をひそめつつあることがとても恐れる」
ということを書いている。

【「花環を贈る者への言葉」実際園芸(20-3)昭和11年3月号】
『 近来、花卉の需要は著しく急増して来た、関東大震災の以前に比べると約五十倍にも達する程である。これを西洋文明諸国の需要量に比ぶれば、まだまだ僅少ではあるが、その増加のテムポの早さには驚嘆せざるを得ない。所で、一般花卉の需要は、かくの如く増大しつつあるのに、それに反比例して需要の漸次減少しつつある部面がある。これは大いに注目すべきことであらうと思ふ。それは生花の花環の減少である。なるほど葬祭用その他の花環の利用は益々一般化しつつある。けれども、それは造花についてのみ言へることであつて、生花は却つて益々その影をひそめつつあるのが現状である。
 今から十数年の以前には、花環には生花を使用することが多かつた。それは西洋に於いて行はれてゐる慣習を、形と心とをそのまま正しく移入して、その精神に則つてゐたのである。今日でも外交官とかキリスト教関係の人とか、西洋の慣習の守られてゐる人達の間には尚ほ生花の花環の多く使用されてゐるのを見るのである。然るに一般世人の間には、あまりにも凄まじくかつ無趣味たる造花が風靡しつつある。私は生花の花環が西洋の慣習たるが故に日本人も亦其れに倣へといふのではない。その精神に就て言つて居るのである。喜びにつけ悲しみにつけ、その真情吐露のはけ口を見出すのはその生ける美しき花にであつて、単なる花環といふが如き形に求むるのではない。花が主であつて形は従である。花ならぬ花環は精神を持たぬ形骸に過ぎぬ。それ故に今日の如く造花の花環が風靡して、開店祝やお葬式には必ず花環を、而して花環は必ず造花の花環を、といふ事が、恰も原則であるかの如く人々の頭の中に固着されることを、私は衷心から恐れるものである。

 こんなに迄造花の花環が流行するやうになつた原因は、生花よりも簡便安直で、何時でも貸衣裳屋の衣裳の如く間に合ふからではあるが、最初に西洋からこの慣習が移入されてから、「花環は生花」といふ原則が確実に日本の慣習として固定されないうちに、早くも造花が出現したからであつた。それには又日本的な特殊事情がないではなかつた。仏式のお葬式には、喪具の一つに必ず花瓶が付きものであるが、これには殆ど造花の蓮の花が用ひられてゐた。蓮の花は一年中咲いてゐるわけのものではないので早くより蓮の花は造花化されて用ひられゐたのである。それ故に、これも喪具の一つである所の西洋草花の花環も、造花化せられてもよいといふ「許された気持」に自然となつて来たのであらう。併し乍ら、蓮の花は年中はないけれども花環に用ひられる西洋草花は年中絶える事がないのである。故に西洋草花の花環をも造花にしなければならぬ理由はどこにも認められない。永く保たないといふ欠点はあるが、それは材料の選択と技術とによつて或程度救はれやうし又高値につくといふ問題は造花とそう異ならない。
 墓前の花筒に造花を用ひる気持がしない人達は、同じやうな気持を造花の花環に対しても向けられてよい筈だと私は思ふ。当業者としての問題は、今日のこの滔々たる造花の流行をただ手を措いて安閑と見てゐる事を止め、此の流行を断然阻止するだけの心意気を以て、一致団結し生花の花環を宣伝すると共に、生花の耐久性、価額事などの問題に頭を用ひ、「花環は生花の花環」といふ花環の原則を一般人の頭に叩きこませねばならぬと私は信ずるのである。 
 11・2・7 石井勇義

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